紅月さんの創作場

バドミントン小説「FlyUp!」完結済。次回作開始時期は未定。
超長編を毎日ちまちまと書いていく創作日記です。

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2014.08.27 Wednesday
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    その1830

    2012.06.22 Friday 22:51
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      「俺はさ。吉田と、早坂が目標だったんだ」

       歩いている中で由奈へ、全国大会が終わった後に感じたことを話す。憧れだった早坂や、自分を導いてくれるパートナーの吉田に追いつきたかった。その目的は全国大会を終えたことで達成し、自分には新たな目標が必要になった。

      「三年になってからの最後のインターミドル。俺は優勝を目指して頑張るつもりだ。心の底から、全国で一番上に立つことを目指して。きっと辛いけど、浅葉中の仲間達が応援してくれれば出来ると信じてる」
      「うん。私だけじゃなくて、皆、応援してるから」

       由奈の握る手が少しだけ強まる。自分の中の思いの強さを武へ伝えようとするかの如く。痛いと思う程度には強く武は苦笑いするしかない。
       街に入り、駅の傍まで来ると右折してスポーツ用品店を目指す。幼いころから使ってきた場所は勝手知ったるもので、顔見知りの店員にラケットを見せて、選んだガットを張ってもらうように頼む。スムーズにやり取りは進んで、武と由奈は洋品店の傍で立ちつくした。

      「……ひとまず、戻るか」
      「うん。貼り上がるのは明後日になるって言ってるしね。ここにいても意味ないかな」

       再び歩き出すと今度は特に離すことはなかった。それでも、武は狼狽することなく、むしろ雑音は排除したいと考えていたために今の状況は落ち着くことが出来た。駅前のアーケード街を抜けて、市民会館があるような街の中心部を抜け、辿り着くのは緩やかな坂道。途中で農業高校があり、抜けた先には成城西高校へと降りていく坂。そして、もう少し先には浅葉中の校舎がある。残り時間を考えて、武はペースを落とすと握る力を強くした。
       自分が抱いている思いを由奈へと伝えたいと思って。

      「由奈。ありがとう」
      「何が?」
      「由奈が支えてくれているおかげで、俺はくじけずにすんでるのかもしれない」
      「私だけじゃないと思うよ。皆が、武の仲間だと。浅葉中の皆も、きっと他の学校の人も」

       一週間前に地元の駅に降り立った時に他校のライバル達と拳を重ねた。今度会う時は敵同士。全力を尽くして戦おうと。信頼し合う仲間であり、力の限り闘って倒すべき好敵手。そこまで考えて体が震えた。興奮が衝動となって込み上げてくる。

      「俺は、もっと強くなる。地区大会でも、全地区大会でも、全道でも。全国でも負けないように」
      「私はそんな武をずっと、応援して行くよ」

       由奈の力強い言葉に頷いて、武は力強く歩道を踏みしめながら歩いていく。視線の先にはまだ木や建物に邪魔されて見えないが、浅葉中がある。
       小学校六年間で遂に一勝もできなかった。そんな自分が勇気を持って踏み出した一歩が、ここまで続いている。
       力を込めてしゃがみこみ、空へと思い切り飛ぶことができたように、この年月は無駄にはならなかった。
       過去の自分に向けて武は語る。

      (あの時……あの、吉田と金田先輩のシングルスを見て、バドミントンを止めないでいて、よかった)

       脳裏にイメージが蘇る。
       足が、腕が、身体が重かった。
       動き続けること、立っていることさえも困難になる。
       熱さに流れる汗が細めた目の横を過ぎてかすかに瞳に入っても、相沢武はシャトルを追うことを止めなかった。試合を捨てるなどとは考えない。考えられない。体力が底を尽きかけているために、身体を動かす事にしか使えない。思考力はゼロに近かった。
       歪む視界の中、水の中のような空気をかきわけて武は必至に前へと進み出た。ラケットをコートに落ちようとしているシャトルへと思い切り伸ばす。
       ラケット面は正確にシャトルをとらえて、相手コートへとロブを打ち返していた。

      (もっともっと、強くなる)

       決意を胸に、武は歩き出す。隣にいる由奈の温もりを感じながら。

       新しい季節は、すぐそこまで迫っていた。

       Fly Up! 完
      FlyUp! | - | - | - | - |

      その1829

      2012.06.22 Friday 22:36
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         歩いていくと告げた時に、由奈は笑うことを堪え切れず噴き出した。意味が分からない武に由奈は「バドミントン終わっても運動したがりなんだね」と告げる。部活の後で疲れているにもかかわらず歩くのを迷うことなく選ぶところが体力をつけようとする――バドミントン馬鹿だと言っていた。

        「そっか。何故か気付かなかった」

         由奈に指摘されて初めて頭の中に「歩く」以外の選択肢がなかったことに気づく。間に合わなさそうなら数回速足を加えればいいと思うくらいだ。考えている間にも歩幅が大きくなっていたのか、速足で由奈が折ってくることに気づくとおペースを落として隣に並ばせた。

        「由奈もガット切れたんだな」
        「うん。実は全国大会前にも切れたから張り替えてもらったばかりなんだよ」
        「……全国で酷使してないのになんで切れたんだろうな」
        「もしかしたら武のガットを守ってくれてたかもよ?」

         試合の中でガットが切れることほど集中力が乱されることはない。慣れ親しんだラケットによるスマッシュスピードやタッチの感触。それは途中でリセットされれば立て直せないほどの衝撃あ。全道大会でも君長がラケットを途中で交換して精度を欠いたこともある。
         思い返せば、ラケットにガットを張りに行った時も由奈と共にだ。

        (確かに。由奈のおかげかもしれないな)

         非現実なことでも思えば力になる、かもしれない。武は今日までバドミントンをしてきて、何度か感じていた。無論それは自分が努力したことを土台にして生まれるのだが、積み重ねてきたものの上に、それ以上のなんらかの力が生まれる。思いは届くのだと自分で体現しただけに武は嬉しくなる。

        「そういえば、さっき。金田先輩達に強気で言ってたよね」

         さっきとはどの時かと思い返してみて、高校の先輩たちに負けない自信があると告げた時だろうとあたりをつける。そのことを告げると由奈は「うん」と大きく頷いて、先を続けた。

        「全国から帰ってきた人達はずいぶん印象が変わったんだけど、特に変わったのは武だよ」
        「俺はバドミントンの実力以外は何も変わってないと、思うけど」
        「凄く自信がついて、かっこよくなったな」

         ほんのり顔を赤くして言う由奈を見ると、火照って顔全体が赤くなり、武は前を向いた。視線が外れたことで自然と右手は由奈の左手を掴んでいる。指と指をからめて、恋人同士の繋ぎ方。

        「先週までの武は、強かったんだけどどこか頼りなかったっていうか。私にとっては十分強いんだけど、実力者の中にいたらどうかなって思うくらいだったんだ。でも、今は違う」

         そうかもしれない、と武は由奈には言わずに内心呟く。全国を勝ちぬいた時、武は自分の中に覚悟が生まれるのを自覚した。力がある者の責任。ない者がある者へと挑むのではなく、迎え撃つ。これから先に武と吉田を待っているのはそういう世界だ。
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        その1828

        2012.06.22 Friday 22:24
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          「よし! 今日の練習はこれで終わりだ! 明日と明後日。土日は来週の始業式の準備で先生方は誰もつけないから、部活はない! ゆっくり体を休ませるように。特に相沢と吉田! お前らは全国の疲れを残さないように二日間家から出るな!」

           庄司の言葉に笑いが湧きおこる。吉田は苦笑し、武もどう言い返したらいいか分からなかった。
           ひとしきり笑いがおさまると庄司は続ける。

          「さて、この後だが。二時間後、三時から全国大会に出た選手達をねぎらう会を行う。教室は既に借りてある。二年と三年の一部は容易頼むぞ! 金田と笠井はどうする?」
          「俺らはいいです」
          「こいつらが頑張った結果ですから。俺らは高校で待ってますよ」

           金田と笠井はラケットバッグを背負って既に退散する準備を整えていた。武は練習前に午後から高校の練習に参加するということは聞いていた。午前中の中学の部活に参加して、午後からは高校に参加する。金田と笠井の勝機を疑うが、それだけ貪欲に力を求めているのだろう。武と吉田と試合をしたことも、高校の練習では得られない何かを得るためにきたに違いなかった。

          「よし、じゃあ二時間ほどあるが吉田、相沢、早坂、清水、藤田は少し時間を潰していてくれ。体育館は次の部活だから、学校近辺でな。では、片づけしてから解散!」

           庄司の言葉が終わり、片づけに入る。金田と笠井を送り出してから武と吉田も参加して、あっという間に次の部活へと体育館を引き渡す。
           更衣室で制服に着替えを終えた後で一、二年の男女は準備があるからと分散し、残ったのは庄司に名前を呼ばれた五人と由奈だけ。

          「あー、俺。じゃあラケットのガット張り替えてくるわ」
          「私も切れちゃった。一緒に行っていい?」
          「ああ」

           由奈が武についていくと言って後ろに回る。武以外の四人は二人に生温かい視線を向けながら手を振ってきた。先に穂を勧める武と、後でと伝える早坂に元気に手を振ってから続く由奈。速足で玄関から外に出ると外は強くなってきた太陽光によって道路の雪はほとんど溶けていた。少し気をつければ自転車でも進めるくらい。三月はまだ残っていた雪も四月になればなくなり、消えていく。

          「すっかり春だな。春の終わりは東京にいたから、似たようなものだったけど」
          「やっぱりあっちの冬って違う?」
          「寒いのはあまり変わらないかも。でも風はこっちが寒いな」

           雪が溶けていても自転車できているわけではない。武は頭の中で行って戻ってくる時間を逆算すると歩いても十分だと結論が出たため由奈と共に歩き出した。
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          その1827

          2012.06.22 Friday 22:09
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            「ほんとすげーよお前ら。多分、高校の先輩達よりも強いんじゃないか」
            「そこまでは分かりませんが……負けない自信はあります」
            「言うようになったなぁ、相沢! その意気だ!」

             武の言葉に金田は背中を叩いて喜び、笠井も笑顔を浮かべている。二人とも後輩にほとんど相手にされずに負けることよりも成長が嬉しいのだろう。無論、悔しさがないわけではないだろうが、成長を二人とも諦めていない。

            「お前ら。気合い入れて浅葉中の名前を全国まで知らしめてやれよ。で、高校はうちらのところな。」
            「全国優勝経験あるような奴らが入ってくれるとこっちとしても大助かりだ」

             二人とも同じ私立の高校へと進む。野球やレスリングなどスポーツのほうに力を注いでいて、近年ではバドミントンも北海道での絶対的王者、札幌光明に一矢報いるところまで来ている。武達の先輩で言えば、一年の時の三年、桜庭克己が入り、今年は金田と笠井の二人。他の先輩達も各々高校に進んでいた。

            「俺らは、まだ進路は分かりませんよ。ひとまず、自分達の試合をするだけです」

             武が困っていると吉田が横から口を出した。金田は「早めにきめといたほうがいいぞ」と言ってその場を離れる。水を飲みに行くためにか、体育館の外まで出て行った。ほっとして武も壁際に歩いていき、置いてあるラケットバッグから飲み物を取りだした。同時にラケットを見てガットが切れていることに気づく。

            「あー。林か橋本。はさみ持ってない?」
            「俺があるわ」

             そう言って林がはさみをた毛氏に手渡す。武は礼を言ってガットを縦と横に切り裂き、ガットをラケットから取り去った。ふと考えて、そのガットが三月終わりの全国大会の前にわざと切って貼り直したことを思い出す。二週間で寿命を遣いきったのだと分かってため息をついた。

            「改めて、凄かったんだな」
            「お、ガット切れたか。でもヨネックスオープンとかだと一日で何十人も切れるらしいから、会場にガット張る仕事の人がいるみたいだぞ」
            「マジ?」

             横にきた吉田が武のラケットを見て言う。思わぬ情報に武は感嘆のため息を漏らした。一回、二回の試合でガットが切れるというのはどういう使い方をしているのだろうか。それほどまでに強烈なスマッシュを何十回も、下手したら百回以上打っているのだろうか。想像だけでお腹が膨れる。

            「多分、実業団の人は張りのテンションが強いんだよ。だから強烈なショットを打てる反面、切れやすくなるんじゃないかな」
            「なるほどなぁ」
            「切れづらいガットも開発されてきてるらしいけどな」

             吉田の講義が終えた所で、庄司が両手を打ち鳴らして練習の終わりを告げる。シャトルがラケットの間を飛び交う音が止まり、庄司へと視線が集中する。ステージの上に上がった庄司は、一度咳払いをしてから全員に聞こえるような声で言った。
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            その1826

            2012.06.22 Friday 21:53
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               時は少しだけ流れ、四月の第一週。
               浅葉中の体育館は閉め切られていても、扉一枚隔てた先からは豪快なシャトルを打つ音と咆哮が響いていた。

              「らあっ!」

               渾身の力を込めて吼えた武がスマッシュを解き放つ。ジャンプで高みから打ちおろしたシャトルは相手の前方に突き刺さり羽を撒き散らして吹き飛ぶ。打ち込まれたほうは口笛を吹いてラケットで拾い上げると変わりのシャトルを要求した。審判として立っていた橋本が新しいシャトルを筒から出して、サーブ位置に立っている吉田へと放る。吉田は受け取ってすぐにサーブ体勢を取り、武は後ろで腰を落としてプッシュに備えた。ネット前の向かい側にいる相手には容赦はしない。スコア的には勝っていても、油断すれば負けるということを言い聞かせて。

              (そうだ。俺も吉田も。誰が来ても負けない)


               吉田がサーブを打つと相手――金田が綺麗にプッシュを放つ。しかしその軌道は武にとっては十分取れる場所。むしろ一瞬早く移動したため絶好のタイミングでドライブを打ち返した。ラケットを伸ばせば届く距離だったが、金田は触ることが出来ず、後方にいた笠井も何とか触れた程度でネット前に上がった。
               チャンスに飛びついたのは、今度は吉田だ。

              「うぉおおあああ!」

               気合いのこもった声と共にラケットを振り下ろし、吉田ははシャトルを叩きつける。金田も一歩も動くことが出来ずにシャトルを見送るしかなく、橋本は最後の点数を告げた。

              「ポイント。フィフティーンワン(15対1)。マッチウォンバイ、相沢吉田」
              『ありがとうございました!』

               四人とも勢いよく挨拶を交わしてコートから出る。金田は一足早くコートから出てラケットバッグの上に置いてあったタオルを取ると顔を力任せに拭いて汗をぬぐい去る。しばらくして顔をあげてから息を思い切り吐くと唸るように言った。

              「うおあああー。八ゲームやって結局五点しかとれなかったか」
              「やっぱりブランクは厳しいな」
              「ブランクだけじゃねぇ。こいつらがけた外れに強くなったからだよ」

               金田の言葉に吉田と武は恐縮し、向かい合ってかすかに笑う程度だった。四月に入っていよいよ終わりを迎える一週間の間、卒業した金田と笠井がずっと練習をしにていた。高校に入学が決まるまでは受験勉強もありランニングをする程度にしていたが、合格してから高校の練習についていくうえで勘を取り戻しておきたいと部活に顔を出してきた。ちょうど、全国大会から戻った武と吉田が標的になり、二人の練習相手となったのだ。
               五日間で八ゲーム。武と吉田が取られた点数は五点だけ。圧倒的な力の差を先輩に見せつけたことになる。
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              その1825

              2012.06.21 Thursday 21:47
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                 一瞬だけ息をのんだ後にさらりと口にする。小島はこれまでの経験の中で早坂の中の思いを少しは掴んでいた。そして、正確にいつの頃か分からなかったが、早坂は武への思いを過去にするために必死のように見えた。だからこそ、自分の支えになってほしいとも思えたが、早坂自身は武の事を忘れるまでは誰とも付き合わないかもしれないと考えていたのだ。
                 その考えは正しかったのだろう。そして、正しいならば、彼女の思いはもう完結したのだ。

                「今はもうふつうの友達、というか。仲間だよ。ダブルス組んではっきりした。私は、もう相沢にも由奈にも笑って、普通に過ごせるよ」

                 由奈というのがおそらく武の彼女だろうと思い、特に口は挟まない。早坂は一度息を吐いてから小島に向けてしっかりとした口調で言った。

                「小島。私のこと、好きでいてくれてありがとう。これから、よろしくね」
                「……おお。お互い、切磋琢磨しようぜ」

                 手を差し出すと早坂は苦笑しつつ握ってくる。普通の彼氏彼女っぽくないと呟いていた早坂に笑いながら告げる。

                「俺は、そうだな。一緒に競い会える人といたいんだよ。早坂に負けないようにって思えて、強くなれる人と。そんな人を引っ張りたい」
                「支え合うっていうよりは互いに引っ張り合う、か。小島らしいね」
                「おう」

                 小島はベンチから立ち上がり、早坂をしっかりと視界に収める。改めて見ると、自分より小柄で華奢なのが分かった。試合でのカットドロップや体重を乗せたスマッシュを見ていれば体格も女子の中では大きい方と勘違いしそうだ。

                「一つ心配なことがあるんだ」

                 早坂が節目がちに呟く。小島は一つ頷いてから続けるように促すと、早坂はためらった後で言う。

                「青森山城に誘われてるんだ。私。そして、そこに行きたいと思ってる」
                「高校からの話か。俺も札幌光明に行こうとしてるしな」

                 お互いに高校でのインターハイ常連。学校が違うだけならまだしも、早坂にいたっては北海道からいなくなる。早坂が言いたいことが小島には理解できた。付き合うのは嬉しいが、遠距離恋愛になると。

                「できれば一緒にいたいけど。やっぱり、今は私、バドミントンを中心に考えたい。高校は越境入学して、バドミントンをしていきたい」
                「俺もだな。だからこそ、一緒に頑張っていこう」
                「いいの? 離れても」

                 早坂の問いかけに小島は頷く。しっかりと一言添えて。

                「お前が好きだって言ってくれるだけで、十分さ」
                「……そっか」

                 早坂は不意に立ち上がり、小島へと近づいていく。その動作があまりにスムーズだったため、小島は頬から唇が離れるまで自分が何をされたのか分からなかった。

                「うわっ!?」

                 咄嗟に飛び退いて頬に手を当てる。まだ早坂の唇の感触が残っていて、顔が真っ赤に染まった。早坂を見ると、うつむき加減になって小島とも目をあわさないまま早口で言った。

                「お礼だよ。じゃ、また明日」

                 そそくさと去っていく早坂の後ろ姿を見ながら小島は火照りが収まるのを待つ。疲れからくる弱さなのか、今日の早坂の弱々しさは守ってやりたいもの。小島が望んでいる強い早坂とはまた違った魅力がある。

                「よろしく、な」

                 小島は立ち去った去った背中に届くように、小さく呟いた。

                 全国での戦いを乗り切った全員がそれぞれの思いを抱きつつ、最後の夜を過ごしていった。
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                その1824

                2012.06.21 Thursday 21:46
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                   数度どもってしまってから何とか返答し、咳払いをする。早坂はかすかに笑みを浮かべながら小島の方を見て、優しい光を宿した瞳を向けてくる。
                   早坂の様子にようやく小島はいつもの自分を取り戻す。徐々に落ち着いてくる鼓動の途中で、問いかけた。

                  「……やっぱりそっちも疲れたか?」

                   今の早坂はいつものオーラのようなものが全くなかった。普段はリラックスして瀬名や姫川と話していてもどこか気を張って隙がない。しかし、今の早坂はそうした精神的な防御がまったくなくなっているように小島には思える。相当疲れているのかもしれない。そこまで考えて、呼び出したことを謝った。

                  「すまん。お前の方が疲れてるのに。俺のわがままで」
                  「いいよ。だって、私も小島と話したかったもの」

                   視線だけではなく言葉までも柔らかい。バドミントン選手として凛々しくコートに立つ様を知っているだけに、今の早坂とのギャップに心臓が一瞬で最高潮に達する。小島は乾いてきた喉を何とか唾で潤して、潤しきれなかった分は咳払いで何とか凌ぐ。

                  (今の早坂……近い。今なら、言える)

                   深呼吸を三回してから、小島は思いの丈を早坂へと告げていた。

                  「早坂。やっぱりお前のことが、好きだ。俺と付き合ってくれ!」
                  「うん。いいよ。ありがとう」
                  「え、あ。っはい」

                   渾身の告白にあまりにもあっさりと答えた早坂。小島は返事を受けて言葉を返したものの、完全に思考停止していた。一瞬のフリーズから再起動。そして今のやりとりを反芻する。自分の告白の言葉を聞いて早坂は「いいよ」と言った。つまり、付き合ってもいいということになる。

                  「い、いいの?」
                  「? いいけど。何かダメだった?」
                  「いや、ダメってわけじゃなくてな。正直、断られるかと思ってた」

                   本当ならば、浅川亮に勝って、堂々と告白するつもりだった。そうした目標を持つことで全力の更に上の力を出し切れると信じた。実際に、決勝は自分の持てる力以上のものが出せたと思う。それでも破れてしまった。
                   支えを得るためにということではないが、自分が心底好きな人と心が通じ合い、応援してもらえれば自分はもっと強くなるのではないかと思ったのだ。自分が一時期、実業団で活躍する選手のコピーから強くなったように。コピーをするのは即ち、その相手を好きな気持ちが強いかどうか。自分にとって人を好きになること。人から好かれることは自分を高める上で必要だ。
                   いろいろと説明しようとまとめてきたものが、全て頭の中から消え去り、結果として言う必要が全くなくなったという現実にまだ頭が対応していない。早坂は全て分かったわけではないだろうが、小島が落ち着くまで笑みを浮かべたまま待っていた。

                  「正直、断られると思ってた」
                  「なんで? 小島は、かっこいいし。やっぱり好きって言われたら嬉しいよ。私も、気になってたし」
                  「そう言ってくれると嬉しいが……お前は、相沢のことが好きなのかと思ってさ」
                  「そうだね。好きだった」
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                  その1823

                  2012.06.21 Thursday 21:34
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                     青森山城が女子の有力選手を集めるならば、当然、君長や有宮も候補に入っているだろう。一緒にスカウトを受けた時の感触としては、早坂はバドミントン越境入学には肯定的のようだった。特に何もなければ入るだろう。そして、君長凛も入れば、北海道の一位と二位が同じチームとなる。それをコートの向かいから見ている自分しか姫川にはイメージできなかった。

                    「こうして一緒のチームで試合できてとてもよかったけど。やっぱり私達ってライバルだなって思った。同じチームで応援するのは物足りないよ。相手側に立って、戦いたい」
                    「姫川は、熱血してるね」
                    「そんなスポーツに熱心で好きな男子とかいないの?」
                    「今はいないよ。でも、恋愛を犠牲にする気はないかな」

                     一度言葉を切ってから、言う。バドミントンも好き。友達との会話も好き。好きな人との会話も好き。好きだった人への思いに蟠りはなく、新しい出会いを捜すだけ。だからこそ、スカウトは断ったのだから。

                    「だから、女子校は断ったでしょ?」

                     清水と藤田は動きを止めてから笑い出す。つられて姫川も爆発するように笑った。夜中ということは歯止めにならず、三人はしばらく笑い続けていた。

                     * * *

                     公園のベンチで相手が来るのを待っている間、小島はいつになく緊張していた。試合でも今の自分の状況になることはないだろうとはっきり分かる。冷静になろうと頭の中で羊が何匹も柵を越えている光景を思い浮かべていたが、全く効果はなかった。
                     砂を踏みしめる音がして小島は大きく体を震わせた後に固まった。ゆっくりと近づいてくる足音。そして、斜め下を見ている目線に入ってくるつま先。ゆっくりと顔を上げると、早坂が立っていた。ジャージの上にジャンバーを着た姿。全国に乗り込んだ面々は皆、荷物に余裕がないため行きと帰り分くらいしか私服は持っていきていない。早坂も荷物は最小限で試合に集中するためにきたのだろうと思うと苦笑した。

                    「すまんな。疲れてるところ呼び出して」
                    「こっちもごめん。うたた寝しちゃって起きたら時間ぎりぎりだった」

                     言われてから腕時計を見ると待ち合わせの時刻を五分過ぎていた。全く気にする必要はない。今日、一番疲れたのは有宮と戦い、西村坂本組を相手に優勝を勝ち取った早坂だろうから。

                    (俺は……負けちまったからな)

                     自分の敗戦が蘇る。決勝まで温存されたのを除いてずっと勝ってきたのは、全て浅川に勝つためだった。だが、それらの積み重ねも虚しく破れてしまい、後に託すしかなかった。いつも託される側だっただけに、慣れない精神状態で疲弊した小島は武と早坂の試合になってようやく本調子になり、応援できたのだ。

                    「まあ、座れよ」
                    「うん」

                     隣に座る早坂からふわりと良い香りがする。髪の毛は試合の時とは異なり結んでおらず、背中に流している。普段と雰囲気が異なる早坂に小島の心臓は徐々に心音を高めていく。

                    (やばい……なにもかんがえられない……)

                     言おうとしていたことはシンプルだ。しかし、その言葉を口にする自分が混乱し、震えて上手くしゃべれない。何度もつばを飲み込み、息を吸っても体は固くなり、喉は渇いた。

                    「今日は、お疲れさま」
                    「お、あ、お、おう」
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                    その1822

                    2012.06.21 Thursday 21:33
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                       コロコロと瀬名の呼び名を変えて弾むように語る姫川を見ながら、清水は「進路かぁ」と呟いた。寂しげな様子を見て藤田が尋ねると、ため息を付きながら清水は言った。陰鬱な表情を張り付けたままで。

                      「私らさ。もう中三じゃん。高校どこいくかとか決めないといけないし。私は……西高の家政科に行くって前から決めてるけど、あそこはそんなにバドミントン強くないし。でもバドミントンももう少し頑張ってみたいし」
                      「それ言ったら私も、かな。私は頭的に緑聖高校かな。あそこは女子バドミントンそれなりに強いから、三年間で試合に出られるか分からないけど」
                      「あ、私も緑聖狙ってるよ」
                      「え!?」

                       姫川の言葉に藤田が大きな声を出して驚いた。その場での急な驚きに清水と姫川が体をびくりと震わせて引いてしまう。二人の様子に気づいてはいるのだろうが、それよりもと藤田は言った。

                      「姫川。あんた、もっとバドミントン強いところから誘い来てるじゃん。早坂と一緒にさ。青森の、えーと……」
                      「青森山代でしょ? そうだねー」

                       青森山城高校。青森市にある女子高で女子バドミントンではここ数年団体戦ベスト4を逃したことがない。それは毎年、実業団で活躍する選手を排出していることもあった。今、女子バドミントン界を牽引している選手ーーナショナルチームの半分は青森山代高校の出身だ。大会の後でしばらくインタビューを受けていた早坂が落ち着いたところで、青森山城高校の監督を名乗る男性が二人に声をかけてきたのだった。

                      「早さんとのダブルスなら、もっと姫川もいいところいけるんじゃない?

                      「もったいないって。特に理由ないなら行った方がいいよ」
                      「あるよ、理由」

                       清水と藤田が言い連ねるのを一言で止める姫川。首を傾げる二人に対して全く動じずに口を開く。

                      「早さんとのダブルスは、何か違うなーって。あと、試合で戦いたいなって思ったんだよ。早さんと」

                       自分の胸の中にある思いが目の前の二人にも伝わればいいのにと思う。理由なんてシンプルだ。同じチームで切磋琢磨するよりも、別のチームでぶつかり合いたいだけ。今回の大会で姫川が思ったのは、チーム戦の楽ししさ。仲間を信じて、自分は勝つことだけを目指してバトンを渡す。そうした繋がりが勝利に繋がるのだと知った。そして、もう一つ。

                      「それに。私はせなちんとダブルスを組みたいって思ったんだ」

                       早坂と組めばいいと誰もが考えるかもしれない。でも、自分にとって一番しっくりときたのは瀬名とのダブルス。男子は強い者同士が組むことで強くなり、女子は相性が良い者同士で強くなると何かの雑誌で読んだことが姫川にはあった。つまりは、瀬名とは気が合うのだろう。
                       妥当早坂を胸の中に掲げた同士として。

                      「せなちんとダブルスを組んで、早さんが誰かと組んだダブルスと戦いたい。案外、君長凛と組むかもよ?」
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                      その1821

                      2012.06.21 Thursday 21:15
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                         姫川は一瞬頭を落としたことでその急激な変化に驚き、目を覚ました。自分が寝ていたと気づくのはさらに数秒後。少しの間フリーズしてから周囲を見回すと、呆気にとられた藤田と清水の顔が見えた。口元を伝う涎の感触があったため左手でふき取ると清水がティッシュを差し出してきた。

                        「ありがと、しーちゃん。女子力あるぅ」
                        「女子力って」

                         苦笑する藤田の返答を聞く前に、自分の声が掠れているのが聞こえてきた。完全に寝起きの声になっていて、自分が想像以上に深く寝ていたのだなと自覚すると背筋を思い切り伸ばして唸った。気だるさは体にまとわりついたまま離れないが、一度眠ったことによって脳は少しだけ覚めて、眠気はどこかにいなくなった。
                         藤田が呆れ顔で問いかけてくる。

                        「大丈夫? だいぶ疲れてるんだろうし。もう寝たら?」
                        「いやー。せっかく試合も終わって後は帰るだけーなんだから。もう少し女子トークしたいでしょ」
                        「お菓子食べながらバドミントンの話しかしてなかったけど」

                         藤田はそう言ってスティック状で周りにチョコがついているお菓子を口に入れる。ポリポリと食べつつ次に手を伸ばしたものの、袋の中には何もなくなり、袋を綺麗に畳んで箱の中に詰めてからゴミ箱へと捨てた。

                        「お菓子も残ってないし。そろそろお開きにしない? 私も眠くなってきた」
                        「あそこまでギリギリ試合したの一回しかなかったのに」

                         清水も藤田もあくびを手で隠しつつ呟く。その一回の試合が南北海道の明暗を分けたと言っても過言ではないため、姫川は満面の笑みで二人に言う。

                        「それだけ集中して、頑張ったからだよ! 二人のおかげで南北海道が優勝できたんだから誇って良いよ」
                        「できすぎだったけど……ほっとしたよね」

                         清水はペットボトルのお茶を一口飲み、言葉通りほっと息を吐く。藤田も同じようにお茶を飲んだが表情は暗い。姫川がどうしたんだと目で問いかけると体をぶるりと震わせた。

                        「あの時は必死というか、考える余裕なかったんだけど。振り返ると、よく勝てたなってゾッとする。十回やったら絶対九回負けてるよね」
                        「でも一回を引き当てたんだからいいんだって。余計なこと考えず勝つことだけ考えればいいって照明されたじゃん。ダブルスって凄いと思う。一人だと勝てない相手にも二人なら勝てるんだからさ」

                         テンションが再び上がる姫川は言葉の外で二人の実力を冷静に氷解しているようだった。藤田も清水も姫川の歯に衣を着せぬ性分は分かっているため苦笑いするしかない。それに、どれだけ良い結果を出せたとしても、自分達の力が足りないのは事実だ。全国大会で一勝できたことが自分達の格段の成長に繋がった、とは考えはしない。

                        「私。シングルスしかやったことなかったけど、このチームでまゆまゆとダブルスやって、凄く面白かったな。中学でも両方に出られれば楽しいのに。って、まゆまゆとは学校違うか」
                        「まゆま……。瀬名とのダブルスはバランス良かったよね」

                         藤田の言葉に姫川が頷き、続けて清水が解説のように言葉を連ねる。

                        「姫川が拾って瀬名が打つって連携凄くはまってたし。外から見てて一番かっこよかったよ」
                        「えーほんと! そっかー。あーもう、まゆりっちと同じ学校ならいいのに」
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