紅月さんの創作場

バドミントン小説「FlyUp!」完結済。次回作開始時期は未定。
超長編を毎日ちまちまと書いていく創作日記です。

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2014.08.27 Wednesday
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    その1820

    2012.06.20 Wednesday 23:07
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      「今までも、ぎりぎりだったのに。これ以上離されたら、私……」

       悔しさに頭が満たされて、涙があふれてくる。必死に目をそむけていただけかもしれない。
       もはや、早坂には敵わないということに。全力で挑み、二位を死守出来れば何とか矜持も保たれる。しかし、その二位のポジションに姫川が学年別大会から割り込んできた。最初から早坂を倒すという目標に邁進し、今大会でシングルスとしてもダブルスとしても好成績を残した。飛躍的な成長を遂げた姫川はインターミドルで間違いなく全地区、全道での台風の目になる。そうなった時、自分の居場所はあるのか。

      「悔しい……もっと、もっと強くなりたい……」
      「なら、練習するしかないだろうな」

       俯いたまま安西の言葉を聞く。耳から入ってくるのは柔らかくも硬くもない。自分に対する憐れみもないことが瀬名には心地よかった。情けないことを言ってしまったが、けして慰めてほしいわけじゃない。ただ、愚痴として聞いてほしいだけでやるべきことは分かっているし、進むしかない。自分がとるべき道は練習して強くなるしか自分の抱えている恐怖を克服する方法はないのだから。

      「俺らのほうが才能がない、とは言わない。ただ、才能の差って思うところはあるさ。でも、才能があってもなくても、勝ちたい奴らに勝てるかどうかだよ」

       瀬名の前に置かれたテーブル。俯いて涙を流している彼女の前にペットボトルが置かれる。少しだけ顔をあげると、そこには安西が飲んでいる物と同じ水。
       岩代が瀬名の視界に入るようにペットボトルを押してから言った。

      「もし才能の差があるとしても、俺より才能があるやつが負けるを葉見てきたさ。そいつらもきっと、練習するんだろうし。なら、俺らも練習しないと始まらないさ」

       岩代の言葉は安西よりも深く瀬名の心へと突き刺さる。滲みでる思いがより強く感じられるのは、瀬名よりも力の差を目の当たりにしてきたからかもしれない。

      「愚痴ならいくらでも聞いてやるよ。同じ部活の仲間だし
      「今回、同じ地区でのライバルが仲間になるっての、凄くいい経験になったけど。やぱpり一番大事にするのは同じ学校の仲間だろ」
      「……そうだね」

       瀬名は流れた涙を拭いて前を向いた。そこには笑顔を向けてくる安西と岩代。変わらずに自分と話してくれる、同じ学校の仲間。改めて、自分と同じ学校の仲間の大事さを感じ、ほっと息を吐く。気分が楽になると口も軽くなり、瀬名は笑いつつ言う。

      「ほんと。ありがとね。少し惚れそうになった」
      「まじか。でもなぁ、岩代は今、後輩に好きな子いるから止めたほうがいいぞ」
      「ちょ、ま!?」
      「え、誰誰!?」

       三人の騒ぐ声が響く。沈んだ気持ちは消えていき、また前に進もうという強い思いが湧きだしてくる。

      (絶対、早坂にも、姫川にも勝ってやる!)

       安西と岩代が話している中、瀬名は決意を新たにしていった。
      FlyUp! | - | - | - | - |

      その1819

      2012.06.20 Wednesday 22:57
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        「なんだ? 今日出れなくてへこんでたのか?」
        「まあね。なんか、力の差を見せつけられたなって思ってさ」
        「早坂凄かったもんな。準決勝も決勝も」
        「姫川もね」

         岩代の言葉に素直に頷き、会話を続ける。瀬名と同様に岩代はベンチで力の限り応援していた。今回の大会では何回か試合の機会はあったが、基本的には捨て駒だったり主力の体力温存という手段のために使われている。岩代だけではなく安西も、あくまで小島や吉田、武の起用方法によって試合への挑み方が変わる。
         ここに集まった三人は、今大会の主力ではない。

        「お互い、ライバルに差をつけられたって痛感するよな」

         安西はそう言ってから脱衣所から出る前に買っておいたらしいペットボトルの水を口にする。
         口調はあっさりとしているが、胸の内では総統悔しがっているはずだと思う。二年同じ部活で顔を合わせていれば嫌でも性質が見えてくるものだ。安西は特に、ダブルスで吉田と組んだことで、振り返った時に自分と岩代のダブルスと吉田と武のダブルスの違いを深く感じたはずだ。南北海道のチームとして一つの戦いに挑んでいる間はチームでも、終わってしまった今となっては各学校の集まりでしかない。確かに絆は深まったが、別の学校のライバルということは変わらない。ここ一カ月ほど抑えられてきた思いが、最高の形で締めくくられたことで一気に噴き出していく。その揺り戻しこそ、瀬名が一人でいた理由だ。

        (今の状態で早坂や姫川に会って冷静になれる自信、ないわ)

         シングルスで早坂に追いつこう、追い越そうと考えていたところに姫川が横から入ってきて、二人は子の全国大会で一気に躍進した。それに比べて自分はさほど成長した実感もなく、怪我で離脱してしまった。もう一週間もすれば中学は始業式を迎え、三年生になる。最高学年として、中学バドミントンの集大成として挑むインターミドル。瀬名は当然シングルスでエントリーするつもりだったが、早坂と姫川がいる市内で二人を倒すことが出来るのか、不安に胸が締めつけられた。

        「瀬名は、早坂と姫川が怖いのか?」

         岩代の言葉に瀬名は頷く。負けること自体は怖くない。何度、早坂に跳ね返されても負けずに挑み続けると考えている。ただ、それはあくまで勝てる可能性を追っているからだ。今の早坂あるいは姫川と再度戦ったとして、もう勝てないと感じてしまうかもしれないということが怖くてたまらない。

        「怖いよ。あいつら、強くなった。この全国で……早坂より姫川だよ。あいつの成長ぶりは半端じゃない。今回優勝できたのは、多分、あいつが一番頑張ったからだ」

         序盤は調子の上がらない早坂の穴埋めをし、復活以後もチームの勝利に貢献し続けた。結局、姫川はこの大会で負けていない。武と姫川だけ敗北を知らないまま優勝したことになる。市内大会ではなく、全国大会。誰もが自分と同レベルか格上の世界で、だ。
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        その1818

        2012.06.20 Wednesday 22:20
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           早坂と有宮の激選はコートの外で見ていたが、本当に二人とも強くなったと思う。有宮は全国区だったが、早坂もまたこの大会で一気に名前を売っただろう。元々、君長凛を倒したことで名前が知られ始め、有宮を倒したことで注目度が高まった。今回の取材も、最も多かったのは彼女だ。君長や有宮に負けず劣らず美人である早坂はバドミントン界に現れた新生で、注目させやすいだろう。

          「どうだ? 慰め、必要か?」

           小学校時代から男勝りで精神的に強かった有宮に慰めは不要だと最初から思っている。だからこれは、あくまで話の流れの中での言葉だ。自分の言葉に対して有宮は笑いながら「いらない」と答えて終わる。それが予定調和。
           だが、有宮から言葉は返ってこず、吉田は隣を向く。すると、すぐ傍に有宮の顔があった。

          「さ、小夜?」

           有宮は無言のまま吉田の左腕を両腕で掴み、引き寄せた。体を預けて顔を伏せているため吉田からは表情は見えない。周囲の空気に冷え書けた体温が急に熱くなるのを感じる。

          「こーちゃん。あったかいね」
          「あ、ああ……そう、か?」
          「もう少ししたらさ。回復するから。今は、このままで」

           有宮の静かな言葉に吉田は頷いて、空を見上げる。変わらないものと変わるものを思い浮かべながら有宮の体温を感じるままに動かなかった。

           * * *

           瀬名は大浴場入口の傍にあるソファに身をうずめていた。他の面々よりも遅く風呂に入った後で何となく部屋に戻りたくなかったためにぼーっと天井を見上げていた。脳裏によぎるのは今日の試合。自分が怪我をしてでも勝った試合よりも、外から見るしかなかった二試合での早坂や姫川の激闘がまぶたを閉じると再生される。

          「出たかったな……」

           独り言をいうつもりはなかったのに口から無念が漏れ出る。今、足首を回すと少し痛みはあるものの試合には支障がないように思える。実際にはすぐに耐えきれなくなるのだろうとは分かっていても、考えてしまう。怪我をしてしまう運命を変えられないのなら、せめてあと一日前に怪我をしていたならばテーピングでごまかせたかもしれないのに。
           振り返っても仕方がないことだが、優勝した今だからこそ感じるのかもしれない。

          「お、瀬名。どうしたんだ?」

           声の下方向に視線を向けると、男湯の入り口から出てきた安西の姿が見えた。後ろには岩代がいて、同じく風呂上りの様子を見せている。瀬名はソファに少しだけ深く座り、居住まいを正してから言った。

          「別に。さっきお風呂あがって、疲れたからここでぼーっとしてた」
          「そっか。でも部屋に戻ればいいのに」
          「何となく、部屋に戻りたくないのよ」

           安西と岩代は顔を見合わせてから瀬名の向かいの椅子に腰を下ろした。そのまま立ち去ると思っていた二人が居座ったことで瀬名も天井を見上げているわけにもいかず、二人へ視線を移す。
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          その1817

          2012.06.20 Wednesday 20:58
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            「俺らが一緒だと浅葉中もだいぶいいところまで行ったろうけど。これはこれで超楽しいからいいんでね?」
            「うんうん。こうやって会えた時も楽しいしね」

             有宮は離れていた期間などなかったかのように、話す。転校した当初はメールのやり取りも活発にしていたが、一年もたつと生活環境の変化が重なり、知らない名前がお互いに増えていく。日々のことを話してもあまり意味はなくなり、やがて途絶えた。幼馴染といってもほんの少し親密な友達でしかなかった有宮は、吉田の中で存在を小さくしていったのだ。それでも、完全に消えることはなかったが。

            「閉会式。みんなで個性が出てよかったよね」
            「俺はこってり監督に絞られたわ。危ないだろって」
            「そりゃあな。あれ、失敗してたらやばいだろ」
            「でもでも。三人が三人らしい感じで嬉しかった」

             有宮は言葉の通り、心底嬉しそうに語る。小学校から中学にかけて容姿も心も成長はしたのだろうが、本質的なところは変わっていないのだろう。閉会式の光景を思い出しているのか、くすくすと笑っている有宮を眺めつつ西村が口を開く。

            「そういや、相沢は?」
            「取材攻勢に疲れて寝たみたいだよ。俺も初めてだったけど、あいつは勝負決めたし、早坂と一緒に一番取材が多かったからな」
            「そっかー。俺も、サヤも取材は受けたけどやっぱ負けたからなー」

             有宮小夜子の小夜を読み方を変えてサヤと呼ぶ西村。昔の呼び名を西村が口にすると一気に吉田の時間が巻き戻る。どこか懐かしい空気を感じつつ、思い浮かんだ言葉を口にする。

            「俺に、和也に、小夜。三人とも負け組か。確かに」

             閉会式も試合に負けた三人が前に立った。その時も奇妙で、しかし心地よい感覚を得ていたことを思い出す。今も同じだ。
             自分達は確かに全国にその名を刻んだのかもしれない。それでも、最終的には負けている。勝ったのは、小学校の時に一勝もできなかった、誰も名前の知らなかった男。

            「つまりは。俺らもこれかってことだな」

             西村は両足を動かし始めると二人から少しだけ距離を取る。会話の唐突な終わりを自分から告げる西村の顔は、今まで見た中でも最も笑顔だった。

            「俺はもうひとっ走りしてくるから、後はお前らでどうぞ〜」

             有宮と吉田が呼びとめる間もなく、西村はあっという間に姿を消してしまった。残された二人は顔を見合わせるとすぐに逸らす。何か話さなければと思うが吉田も言葉が出てこない。
             それでも何とかひねり出したのは、早坂から以前言われたことだった。

            「そ、そういえば。早坂がさ」
            「うん?」
            「小夜に勝つから、その時は慰めてやってって。言われたんだよな」
            「ふぅん。そうなんだ。有言実行ね」

             言葉の端にどこか寂しさを滲ませつつ、有宮は空を見上げながら背伸びをした。
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            その1816

            2012.06.20 Wednesday 20:13
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               自動ドアが開いて外の空気が流れ音で来ると同時に吉田は外に出た。風呂あがりの体はまだ火照っていて三月の夜の風は冷たい。あまり長居をするつもりもなかったため、気にせずに指定された場所まで歩いていく。ホテルを出てすぐ傍に誰のためのものなのかよく分からないベンチがあった。泊っているホテルの周りには街路樹や花が咲いているなどちょっとした公園のようになっている。昼間は小さな子供を連れた親が散歩しているらしい。そうした親や子供達のためのものなのだろう。

              「やっほ。お、つ、か、れ」

               レンガ造りの縁に腰かけて吉田を迎える有宮の表情は嬉しそうにほころんでおり、心臓が少しだけ高鳴った。小学校三年で転校した幼馴染。強く、可愛くなって自分の前に現れた少女に吉田も年頃の少年らしく緊張していた。武達には何故か同年代よりも精神的に大人であり、しっかりしているように見えるらしいが吉田自身はそこまで変わりはないと考えている。友達と話してふざけもするし、武と同様に試合に勝てば込み上げてくる熱い思いを堪えずに吼える。可愛い子が傍にいれば緊張してしまう。それも、夜に二人きりとなればなおさらだ。

              「おーっす。待ったぁん?」

               二人きりの夜という考えを一瞬で修正して吉田は後ろを振り向く。そこには西村が頭の後ろに両腕を組んで歩いてきているのが見えた。ジャージを着こんでタオルを首に巻いている。汗が浮かんでいるところを見て、まさかと思いつつも吉田は尋ねた。

              「お前。ランニングしてきたのか?」
              「ん? ああ。南下落ち着かなくてさ。やっぱり負けたこと気にしてるんかな?」

               あっけらかんと言う西村に嘆息一つで何も言わずに吉田は有宮を振り返る。自分と西村を呼び出した張本人。メールで簡潔に「久しぶりに会いたいなー。夜八時くらいにね」とあっさり書くあたり、昔と変わらない。そんな有宮は笑みを浮かべたまま二人の様子を見ていた。懐かしいものを愛おしむように。

              「ごめんね、疲れてるところ。なんか、少しでもいいからゆっくりと話したかったんだよね。三人で」
              「おんなじ町内会サークル通ってた俺らが、今じゃ全国優勝争ってるなんてよぉ。すげーよな」
              「……本当だな」

               吉田は頭の中で過去の姿を自分達に重ねる。有宮と西村。そして自分。町内会のサークルでも強い方で、順調に進めば同じ中学校で部活をし、全道や全国を目指していたのだろう。今の自分達がもし同じ浅葉中だったとしたらと想像すると、胸が高鳴る。
               でも、と想像を頭の中で打ち消した。
               西村が転校していなければ、おそらく武は今よりも弱いまま終わっていただろう。自分のダブルスパートナーは西村で、武はおそらく橋本と組む。そうなれば、もし成長を見せたとしても自分達が壁となり、市内やせいぜい全地区で姿を消していたに違いない。自分と組んだことで武は高いレベルの試合を経験し、強くなったのだ。
               有宮が最初から浅葉中に入っているなら、早坂とチームメイトになっていた。そして、早坂もまた今ほど成長しなかったに違いない。身近にいる強者が蓋をしてしまうことは、きっとある。武も早坂も今の状況だからこそ、ここまでの強さを手に入れた、はず。
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              その1815

              2012.06.19 Tuesday 22:18
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                 全く意味がないが、アクロバティックな技を披露した上での勝利宣言。北北海道のチームだけではなく他のチームの笑顔で西村が列に戻るのを見送る。その途中で吉田の傍に近づくと右手を掲げた。先ほどの有宮と西村のことを見ていたからか、吉田は顔をそむけつつ右手だけは上げる。そこに西村が勢いよく右掌を打ちつけていた。乾いた音が大きく響き渡り、吉田は当てられた掌をひらひらち振って痛みを分散させる。
                 西村が列に戻ったところで、咳払いをしてから司会が言った。

                「こほん。えー、それでは最後に。優勝、南北海道。代表してキャプテンの吉田香介君」
                「はい!」

                 高らかに返事をして檀の前にきた吉田に、大会委員長はメダルと優勝カップを手渡した。付けられた帯の文字は詳しいことは武には見えないが、何と書いてあるかは推測できる。おそらくは「第一回優勝 南北海道」と書かれているはず。記念すべき第一回の大会で名前を刻むことが出来る名誉を再認識して体を震わせる。
                 吉田が壇から離れて自分達の方を向いた時、拍手がこれまで以上に大きな音で吉田へと降り注ぐ。三位よりも、二位よりも大きな音の洪水。会場中の全員が南北海道の優勝を祝っている。
                 全ry九で試合に望んだ選手達が吉田を通して自分達を称えているのが感じられた。

                (本当、良かった……)

                 滲む視界の中で吉田が静かに優勝カップを掲げるのが見える。
                 前二人よりも静かで、力強いパフォーマンスにまた一つ音の段階が上がった。
                 しばらく拍手が鳴りやまない中で大会委員長が閉会式の終わりを告げ、解散となった。
                 体育館を借りている時間の期限が迫っているために選手達はひとまずフロアの外に出されることになる。協会側の計らいでしばらくは会話の時間を設けるとのことだった。

                「あの! 月刊バドミントンです! この度は優勝おめでとうございます!」

                 泣きそうになるのを何とか堪えた武の耳に入ってくる第三者の声。見ると吉田コーチの傍にカメラマンともう一人、手にメモを持った男が話しかけていた。月刊バドミントンというとバドミントンマガジンを発行している会社で、つい最近も有宮小夜子の記事を見た記憶がある。
                 そんな雑誌記者が自分達の所に来るというのはまさか。

                「なんか凄く驚いた顔してるな、武」
                「だ、だって。取材とか俺初めてだし」
                「ココにいるやつらはみんな初めてだろ。でも。今度は当たり前にしてやるんだ」

                 隣に立つ吉田の力強い言葉に武は頷く。勝ち続けていけば自然とそうなると言外に語っている。

                「よーし。まずは全体写真を撮ってもらおう。みんな並べ!」

                 吉田コーチの言葉に従って体育館の壁を背に全員が並ぶ。荷物番をしていた庄司もフロアに降りてきて、全国大会に乗り込んだ全員が並ぶ。

                「誰が真ん中になる?」
                「そりゃ、吉田じゃないか……」
                「決まってるじゃない」

                 安西と岩代が言ったところで姫川が早坂を。そして小島と吉田が武の背中を押して中央に寄せる。そして二人でカップを持つような形にしてその周りを仲間達が固まる。

                「相沢。景気づけに思い切り叫べよ」
                「そうそう。さっきはゆっきーがはしゃいでタイミング逃したでしょ」

                 小島と姫川の言葉に早坂は赤面しつつも、武に視線で促す。再び込み上げてくる思いに逆らわずに、武はカップを掲げて叫ぶ。

                「優勝だぁああああ!」
                『おぉおおおお!』

                 吉田コーチと庄司も含めて、全員が歓喜の雄たけびを上げる中でシャッターが切られた。

                 第一回全国バドミントン大会団体戦は、南北海道の優勝で幕を閉じた。
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                その1814

                2012.06.19 Tuesday 21:19
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                  『ありがとよ、相棒』

                   何度も吉田と並んだと思い、その度に高い山を感じてきた。表面的な力が追い付いても、それ以上に吉田は心も強く、コートの中で頼ることが減ってきても自分はまだ吉田には敵わないという思いがあった。謙虚さを越えた、劣等感。一回戦負けが常だった頃から急激な速度で駆け上ってきたことで、心がついていけていなかったのだろう。
                   その弱さが抜け落ちて自分お腹に確固たる自信が芽生えた。

                  (ここからだ。俺はここからまた、強くなる)

                   一つの到達点に来たことで生まれる新しい基準。一勝もできなかった小学校六年生から始まった自分の中学バドミントンはここでようやく新しいものに上書きされる。進んできた道のりの先に努力が結実し、次に来るのは今度の目標だ。武は一歩踏み出すごtに自分の中に新しいものが構築されていくような気がしていた。

                   * * *

                  「これより閉会式を始めます」

                   マイクを用いて大会委員長が、集まった選手達に言葉を贈る。
                   全国から集った52チームの選手達。520名はそれぞれに晴れやかな顔をしていた。自分達が負けた時は沈んでいたかもしれない顔も、最終戦にふさわしい戦いを見た後で笑みに変わる。
                   大会委員長も第一回目の大会の成功として、決勝の武達の試合を話題に上げていた。
                   選手達の視線が自分に向くのを感じて気恥ずかしさに肩を竦める。だが、前にいた吉田が顔だけ後ろを向けて笑みを浮かべるのを見てhおっとすると周りからの視線から気が逸れる。先ほどの会話で少しは気持ちを上向きにできたのだろう。
                   一通り大会委員長の話が終わったところで、表彰に移る。

                  「優勝。南北海道。準優勝、北北海道。三位、東東京、埼玉」

                   上位四つの都道府県が告げられて、代表者が前に出る。南北海道はキャプテンである吉田が。北北海道は西村。東東京は有宮小夜子。埼玉も武には名前が分からなかったがキャプテンであろう男子が出る。
                   三位から再度チーム名を告げられて用意された檀の前に来て、大会委員長からメダルを受け取った。

                  「やったよー!」

                   埼玉の男子は特に何事もなく列へと戻ったが、有宮は自分のチームへとメダルを掲げた。自分達の戦績を胸を張って誇る様子に笑いが起き、拍手が一時期大きくなる。
                   舌を出して「失礼しました」と告げて戻る有宮へと西村が右手を掲げ、過ぎ去る時に彼女は右手を強く弾いていた。パァンと響く乾いた音は耳心地がよく、武は二人の間の自然さに頬を緩ませる。その動作はおそらく示し合わせたものではないだろうが、やって当然と言う動きに見えた。離れていても小さい時に一緒だった者達がまとう独特の空気。自分と由奈や橋本も同じような空気をまとっているに違いないと思える。
                   次に西村が呼ばれ、同じように銀色のメダルを授与される。丁寧にお辞儀をしてからくるりと背を向け、武達の方を向いた西村は唐突に両足で強く床を踏み込み、跳躍する。体を後方に回転――バク宙をして着地した。あまりのことに誰もが動けずに、その隙をついて西村は吼えた。

                  「次は勝ぁああああっつ!」

                   残響が消え去り、次には大きな拍手が沸き起こった。
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                  その1813

                  2012.06.19 Tuesday 20:58
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                     武達の言葉に西村はまた笑って、何度か頷いた。

                    「なるほどなー。じゃあ、俺はあいつ慰めに行ってくるわ」

                     指し示す先を見ると御堂に支えられながら歩いている坂本の姿が見える。俯き加減で肩を震わせながら歩いている様子は明らかに泣いている。試合が終わった直後は武達以上に元気な声で言葉を交わしたが、終わった後で押さえていたものが溢れ出たのだろう。西村と異なり、試合に負けたことのショックが大きいに違いなかった。もう一度視線を西村に戻した武は、穏やかな視線を向けている表情を見る。そこで試合中に感じたことを告げてみた。

                    「西村。もしかして坂本って彼女?」
                    「えっ?」

                     早坂が武の言葉に驚きの声を上げるが、当の本人はあっさりと肯定した。

                    「そうだよ。転校してからすぐ付き合ったんだわ。だからコンビネーションには自信あったんだよなー。んじゃ!」

                     話を切り上げて先に進んでいった西村を見ていると、早坂が呟く声が届く。

                    「照れて逃げたわね」
                    「……だな」

                     笑って明るく見せている反面、気恥ずかしい部分もあるのだろうと分かり、武も苦笑する。西村の様子について続けて話そうとしたが、先に早坂には姫川と瀬名が前方から近づいてきて声をかけていた。そのまま試合についての会話に入って蚊帳の外になったために、武は足を速めて前を歩く吉田と安西、岩代の傍に向かう。

                    「お、主役登場だな」
                    「マジお疲れ」

                     試合のなかった岩代は冷やかすように。安西はまだ負けてしまったことに負い目を感じているのか、少し暗い表情をしている。だが、更に暗い男が隣にいて印象が薄くなっていた。安西は隣を指してから早足で離れていった。
                     武はため息を付いて吉田の隣に並ぶ。

                    「お疲れさん。やったな、武」
                    「香介のおかげだよ」
                    「俺は……なにも……」

                     誰が見ても落ち込んでいるのが分かる吉田の様子に、武は奇妙な気持ちになって笑ってしまった。いつもなら落ち込むのは自分で、励ますのが吉田の役回りだったのに。噴き出す息の音が聞こえたのか、吉田はきつい目をして武を見た。

                    「なんだよ」
                    「いや。吉田でもそんな落ち込むことあるんだなって思ってさ」
                    「……そりゃ、そうだろ。俺を何だと思ってるんだ」
                    「何だと、思ってたんだろうな」

                     武は吉田の方に手を置く。言葉と共に、手を伝って自分の中にある熱さが伝わるようにという思いを込めて。

                    「ここまで来れたのはお前のおかげだよ。全国でも、たくさんダブルスの経験が出来た。俺も、お前も強くなれたって思う。だから今度こそ二人で勝とう」

                     誰にとは言わない。伝えなくても、吉田には理解できている。自分達の前に立ちふさがるダブルス――西村と山本もまた今回はコンビを解消してそれぞれ対戦した。吉田は負けて、武は勝った。一勝一敗だ。

                    「西村も山本も俺達と戦いたいと思う」
                    「……そうだな。俺も、あいつらと決着をつけたい」

                     吉田の脳裏にあるのはジュニア全道大会での棄権だろう。吉田の足が持たず、決勝を棄権した。今回は戦略上の問題で対戦することはなかった。まだ一度もちゃんと戦っていないのだから。

                    「一緒に勝とう」

                     武が再度言った言葉に吉田は頷いて口を閉ざす。その前にかすかに聞こえた言葉は武の中に静かに染み込んでいく。
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                    その1812

                    2012.06.19 Tuesday 20:44
                    0
                      (ほんと、ここまでこれて良かった)

                       早坂のことは、小学校で一緒のサークルになってからずっと後ろから見ていた。胸の中に怖さと同時に、どうしようもない憧れを抱いて。
                       体力をつけたことで一度追いついて、また力の差を見せつけられて。また何とか追いついたのかもしれない。
                       自分のこれまでのバドミントンは吉田と、早坂に追いつくためのものだったのだろう。早坂へと追いつき、吉田と並び立つための。離されては追いつくを繰り返し、遂に並んで闘うことが出来た。昔から一緒に組んできたダブルスのように動くことが出来て掴んだ勝利。武は胴上げが終わると共に、自分の中で一つの想いが昇華されていくような気がしていた。消えてしまったその思いは最初からなかったかのように具体的な内容を思い出すことができない。それでも、胸の内にあったことは忘れないと思えた。
                       武と早坂は七回宙を舞ったところでようやく下された。ただでさえ体力が尽きそうな所で胴上げをされたことで下された後は二人ともふらついてしまった。

                      「しゃ! 次々胴上げ――」
                      「その前に! 閉会式だ」

                       安西が次に小島を胴上げしようと提案する直前に、絶妙なタイミングで吉田コーチが一度大きく両掌を重ねた。すでにネットが張られているコートは武達が試合をした1コートのみで、選手達が閉会式のために並ぶ間に片づけられる予定になっている。激戦を終えた南と北の北海道勢は、他のチームよりも一足先に、設置された協会本部の前に歩いていくことになる。吉田コーチによって頭を冷やされる形になった面々は苦笑しながら歩き出した。武と早坂もラケットを持ったまま胴上げされたため、ラケットバッグに入れてから背負い、歩き出す。その分だけ皆よりも遅れて歩き出したために最後尾から皆の背中を見ることになった。

                      「よ、お疲れ!」

                       歩き出したのと同時に横から声をかけられる。予想通り、西村が隣にいて笑顔を向けて来ていた。試合に負けた悔しさは全く感じさせず、楽しかったという感情を前面に押し出してきている。右に早坂。左に西村と言う並びで歩く中、西村は言葉を続けてきた。

                      「いやー、相沢も早坂も強くなったなー。てか、お前らのローテーションよすぎだけど付き合ってるのか?」
                      「違う」
                      「違うわよ」

                       ほぼ同時に、同じ意味の言葉を発した二人は顔を見合わせた後で笑いあう。一度息を吸った後で今度こそ同時に西村へと言った。

                      『大事な仲間』

                       言うべき言葉は示し合わさなくても分かっていた。武はジュニア大会全道予選の後で告白されたことを思い出したが、その思いも早坂の中では昇華されたのだろうと感じ取る。二人の間で、試合を通して得た答え。自分達は小学校からバドミントンを共に続けてきた大切な仲間なのだと今なら自信を持って人に告げられる。
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                      その1811

                      2012.06.19 Tuesday 20:26
                      0
                         最初、自分の心臓の音だけが聞こえてきていた。次に荒い息遣い。聴力が一時的に麻痺している理由はよく分からなかつたが、ゆっくりと立ち上がると共に頭が冷えていき、同時に外から情報が流れ込んでくる。見えたのは相手コートに落ちているシャトル。そして、自分へと駆けてくる早坂。

                        (――え?)

                         勢いよく飛び込んできた早坂がそのまま抱き着いてきて、武は危うく倒れそうになった。

                        「やった! やったよ! 相沢ぁあ!!」
                        「え、あ、お、おう……」

                         早坂は悲鳴を上げながら武の背中を何度も両手で叩いてくる。武が痛みに顔を歪めるほどの強さで何度もたたきてくるため引きはがそうとしても抱きしめる強さによって剥がせない。普段のクールな早坂とは全く異なり、自分に抱き着いてきている少女は湧き上がる興奮に体を完全に委ねていた。
                         傍に興奮しすぎている人間がいれば、逆に周りは落ち着く。武も早坂のテンションに逆に落ち着いて周りを見ることが出来た。そして、ゆっくりと近づいてきた仲間達の姿を視界に収める。仲間達も早坂の興奮ぶりに出鼻をくじかれたのだろう。特に武の目には姫川と瀬名、小島が呆気にとられているのが良く見えた。

                        「早坂。ひとまず、試合を終わらせないと」
                        「……あっ!? う、うん! ご、ごめん!」

                         自分が何をやっていたのかを理解して、早坂は汗をかいたことによる火照り以上の羞恥に顔を真っ赤にして武から離れた。仲間達も一度コートの外に出て、武と早坂がネット前に出るのを静かに見守った。
                         次の瞬間、改めて爆発するために。

                        「セットカウント。2対1で相沢早坂組の勝ちです」
                        『ありがとうございました!』

                         勝った武達だけではなく、負けた西村と坂本も晴れやかな笑顔を浮かべたまま声を張り上げる。武達に試合で負けても声の大きさでは負けないと言わんばかりに。
                         ネットの上から四人が握手を交わす。お互い、パートナーにも握手をしてから一度後ろに下がった。自分の勝利と団体戦の終わりは同じ。一緒に戦った仲間達と並んで前のサービスライン上に並ぶように立って、審判の言葉を待った。

                        「3−2で、南北海道の勝利です」
                        『ありがとうございました!』

                         再度、互いの間に交わされる礼。今度は両チーム十人ずつ、二十人が腹の底から声を出して互いに頭を下げた。お互いに全力を尽くして闘った結果への敬意。そして感謝をこめて。
                         その思いが海常中に伝わったかのように、観客席からも拍手の雨が降りてきた。

                        「おわっ!?」
                        「きゃあ!」

                         拍手に気を取られていた武と早坂は咄嗟に体勢を崩されて持ち上げられたことで悲鳴を上げる。そして、重力から解き放たれたかのように宙を舞った。

                        『わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!』

                         安西と岩代を中心に声を出して、二人を何度も胴上げしていく。二度、三度と宙を舞う中で視界がぶれる。それでも、武は隣の早坂の表情を辛うじて見ることが出来た。満面の笑みを浮かべた表情に、武は不意に泣きそうになるのをこらえる。
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